― インクルーシブな特許文書づくり ―
特許の文章は、どうしても難しくなりがちです。
専門用語も多く、健常者であっても「最後まで読むのがつらい」と感じることがあります。
私は、失語症などの高次脳機能障害や、読み書きが苦手な方を含め、
できるだけ多くの人が理解しやすい特許 を目指して、次のような工夫をしています。

(1)普通の日本語版:正式な特許文書としての「きちんとした文章」
まずは、特許庁に提出することを前提とした、いわゆる「普通の日本語版」を作成します。
- 特許として必要な要件(新規性・進歩性など)をきちんと満たす構成
- 専門家や審査官が読んでも違和感のない、正式な書きぶり
- クライアント様のビジネスや技術内容を、漏れなくカバーする説明
ただし、「難しい専門用語をできるだけかみくだく」「一文をなるべく短くする」など、
読み手への負担を減らす工夫 を随所に入れています。
(2)中学生レベル版:やさしい言葉で特許の「中身だけ」を伝える
次に、同じ発明の内容を、中学生くらいが読んでも分かるレベル の文章に書き直します。
- 専門用語を日常のことばに置き換える
- 難しいところは、たとえ話や身近な例を使って説明する
- 1文を短くし、「主語」「述語」をなるべくハッキリさせる
この中学生レベル版は、
「発明の核心は何か」をつかみやすくするための解説版です。
- ご本人(発明者)が、自分の発明を振り返るとき
- 会社のメンバーに発明内容を共有するとき
- 読み書きが苦手な方や、日本語が母語でない方に説明するとき
などに役立つように作成しています。
(3)できるだけ短い文章+図面:パッと見て分かる情報設計
文章を読むことがつらい方にとっては、文字の量そのものが大きな負担になります。
そこで、発明のポイントだけを抜き出し、「短い文章+図」で示すバージョンも用意します。
- 1つの図につき、説明文はできるだけ数行におさえる
- 図の中に「どこがポイントか」を矢印や囲みでハッキリ示す
- ピクトグラムやアイコンを使い、「見るだけで何となく分かる」構成にする
これは、次のような方をイメージしたインクルーシブデザインです。
- 高次脳機能障害や失語症などで、長文の理解が難しい方
- 読み書き障害(ディスレクシア)や軽度知的障害のある方
- 忙しくて、まずは「ざっくり全体像だけ知りたい」ビジネスパーソン
**「文字を減らし、図を増やす」**ことで、
特許の世界に触れやすくなる入り口を作りたいと考えています。
(4)図面には「UDデジタル教科書体」を使用:フォントからのユニバーサルデザイン
図面や説明図に使う文字フォントにも、ユニバーサルデザインの考え方を取り入れています。
具体的には、UDデジタル教科書体 を基本としています。
UDデジタル教科書体は、
- デジタル教科書などのICT教育現場向けに開発された書体
- 画数が多い漢字でも、形がつぶれにくく読みやすい
- 弱視の子どもや、読み書き障害(ディスレクシア)のある子どもにも配慮したデザイン
- 学習指導要領に準拠し、教育現場での使用を前提に整えられている
といった特徴があります。

特許の図面にこのフォントを使うことで、
- 小さな字でも判読しやすい
- 文字のかたちが安定していて、読み間違いが減る
- 誰にとっても「目にやさしい」図面になる
といった効果が期待できます。
おわりに:インクルーシブデザインは、障がい者だけのためのものではありません
ここでご紹介した、
- 普通の日本語版
- 中学生レベル版
- 短い文章+図面版
- UDフォントを用いた図面
といった工夫は、「障がい者のためだけ」ではありません。
- 特許に不慣れな方
- 忙しくて細かい文章を読む時間がない方
- 日本語が母語でないエンジニアや研究者の方
など、すべての人にとって「分かりやすい特許」 につながると考えています。
特許の世界を、少しでも開かれたものにする。
それが、当事務所が目指しているインクルーシブデザインの特許づくりです。
