言葉を超えたつながり
私は高次脳機能障害、特にウェルニッケ失語を抱えています。この障害は、脳の言語理解を司る領域に損傷があるため、他者の言葉を理解したり、自分の考えを正しく伝えることが難しくなります。日常のちょっとした会話ですら、集中力や想像以上の労力が必要です。たとえば、買い物のときに「レジ袋は要りますか?」と聞かれても、その意味を一瞬で理解し答えるのが難しかったりします。
このような困難は、私だけでなく、ブローカ失語といった別のタイプの失語症の方にも共通しています。ブローカ失語の方は、言いたいことが頭の中にあっても、それをうまく発話にできないという特性があります。いずれにせよ、言葉に依存した社会では、私たちのような障害を持つ人々にとって生きづらさを感じる場面が多くあるのです。
言葉に頼らない未来の可能性
しかし近年、テクノロジーの発展により、「言葉」や「文字」に頼らずにコミュニケーションを取る可能性が少しずつ現実になりつつあります。その最先端の一つが、「ポストシンボリックコミュニケーション」と呼ばれる新しい技術です。
ポストシンボリック(Post-Symbolic)とは、「記号を超えた」という意味を持ちます。つまり、言葉(シンボル)や文字、図形といった記号を通さずに、感覚や感情、体験といったものを直接相手に伝える技術です。これは、障害者に限らず、人間すべてにとって革命的な変化をもたらすものとなるでしょう。
たとえば、自分が感じている不安、喜び、痛みといった感覚を、そのまま相手に伝えることができたとしたらどうでしょうか。相手の立場になって考える「共感」が、今以上に深いレベルで可能になるのです。
脳と機械の架け橋:BMI技術の進展
このような未来を実現するために、現在注目されているのが「BMI(Brain-Machine Interface=脳・機械インターフェース)」です。これは、脳の電気的な信号を読み取って、機械やコンピューターを動かす技術です。脳が「動かしたい」「伝えたい」と思うだけで、機械をコントロールできる可能性があります。
すでに実験レベルでは、脳の信号を使って車いすを動かしたり、ロボットアームを操作したりといったことが実現しています。言葉を使わなくても、「意思」や「気持ち」を外に出すことができる技術が、少しずつ形になってきているのです。
このBMI技術がさらに発展すれば、「自分の気持ちを言葉にできない人」が、相手に気持ちや感覚をそのまま伝えることができるようになります。たとえば、「今日は不安だ」「これがつらい」というような気持ちを、相手に“直接感じさせる”ことができれば、支援や配慮もより正確で優しいものになるでしょう。
高次脳機能障害でも「つながれる」未来へ
私は、高次脳機能障害を抱えてからというもの、電話が使えなかったり、急な会話が難しかったりして、たくさんの不便を感じてきました。でも、BMIやポストシンボリックコミュニケーションのような技術が広まれば、「言葉が出なくても、気持ちは伝えられる」「忘れても、感覚で共有できる」ようになるかもしれません。
この未来は、私たちのような障害を持つ人にとっての希望です。そして、それは障害者に限らず、すべての人が「もっと深く、やさしく、つながる」社会の姿でもあります。
たとえば、親の世代が若い頃にどんな苦労をしてきたのかを、そのまま感じられたら? 戦争や災害を経験した人の恐怖を、言葉ではなく“そのまま体験”できたら? 社会の中で、お互いの立場を理解することが、もっと自然にできるようになるはずです。
特許の視点:新しい技術を守り、育てる
私は弁理士としても活動していますが、このようなコミュニケーション支援技術には、大きな可能性があります。そして、そこには新しい発明や特許のチャンスもあります。
たとえば:
- 言語障害のある人でも使いやすいBMIインターフェース
- 脳波を通じて「感情の種類」を分類・変換するAI
- 気持ちや痛みを「疑似体験」できる感覚フィードバック装置
- 非言語コミュニケーションを記録・再生できるアプリ
こういった技術は、単なる便利ツールではなく、「人権」や「福祉」に深く関わる大切な発明です。だからこそ、特許によって守りながら、広く社会に役立てていくことが重要だと感じています。
私はこれまでに、失語症・てんかん・慢性腎臓病などの当事者目線で、いくつかの特許出願も行ってきました。今後も、自分の体験をもとに、「本当に必要とされる技術」を世の中に出していきたいと考えています。
最後に:未来の「伝わる」は、もっと自由であたたかい
私たちは今、「言葉がすべて」の社会に生きています。でも、これからは違うかもしれません。言葉を使わなくても、気持ちを伝えることができる。共感することができる。そんな未来が少しずつ近づいています。
ポストシンボリックコミュニケーションやBMIのような技術は、障害を持つ人だけでなく、すべての人の「つながり方」を変える可能性があります。
「言葉が出ないから何も伝えられない」――そんな時代は、きっと終わりに向かっています。
そして、言葉を超えて、心と心でつながる新しい未来。そのとき、私たちの社会は、もっとやさしく、もっと広く、ひとりひとりを受け入れてくれるようになると、私は信じています。
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