無差別殺傷事件が起きると、私たちは「なぜそんなことをするのか?」と強い衝撃を受ける。特に、加害者が「被害者と面識がない」「明確な動機がない」場合、その不可解さはさらに深まる。
これまで、社会的要因(孤立・貧困・失業)や心理的要因(うつ病・パーソナリティ障害)が議論されてきたが、「脳の機能異常」が暴力行為に関与している可能性も指摘されている。
では、無差別的な凶行を引き起こす「脳のメカニズム」とは何か? 神経科学の観点から考察する。
1. 暴力行為と関連する脳の部位
人間の攻撃性や衝動性は、特定の脳領域の機能異常と関連していることが研究で明らかになっている。
(1)前頭前野(Prefrontal Cortex)——「理性のブレーキ」が効かない
- 役割:判断・理性・衝動抑制を司る。
- 障害時の影響:
- 感情の制御ができなくなる(キレやすい)。
- 計画性のない衝動的行動(無差別犯罪)に走りやすくなる。
- 関連する事例:
- 2000年に起きた「西鉄バスジャック事件」の加害者は、前頭葉の機能低下が指摘された。
- 反社会性パーソナリティ障害(サイコパス)の脳画像研究では、前頭前野の活動低下が確認されている。
(2)扁桃体(Amygdala)——「恐怖や怒り」の暴走
- 役割:恐怖・怒り・攻撃性を司る。
- 過活動時の影響:
- 些細な刺激で過剰に怒る。
- 他人の痛みを感じにくくなり、暴力をためらわなくなる。
- 関連する事例:
- 幼少期の虐待経験で扁桃体が変形し、成人後に攻撃性が高まるケースがある(※「逆境的小児期体験(ACEs)」の研究)。
(3)側坐核(Nucleus Accumbens)——「快感」と暴力の関係
- 役割:報酬系(ドーパミン)を司り、「快楽」を感じさせる。
- 異常時の影響:
- 暴力行為自体に快感を覚える(猟奇的犯罪者に多い)。
- 社会的注目を得ることで、脳が「報酬」と錯覚する(無差別テロの背景)。
2. 精神疾患と脳機能の異常
無差別事件の加害者には、統合失調症・うつ病・反社会性パーソナリティ障害などの診断が下されることが多い。これらの疾患は、脳の構造や神経伝達物質の異常と深く関わっている。
(1)統合失調症——「現実と妄想の区別」がつかない
- 脳の変化:
- 前頭葉の機能低下+ドーパミン過剰分泌。
- 症状:
- 幻聴・被害妄想→「誰かに狙われている」という誤認が暴力を誘発。
- 例:2001年の「大阪教育大付属池田小事件」の加害者は、統合失調症の影響で「子供が悪魔に見えた」と供述。
(2)反社会性パーソナリティ障害(サイコパス)——「共感性の欠如」
- 脳の特徴:
- 前頭葉の機能低下+扁桃体の反応鈍化。
- 行動特性:
- 他人の痛みを感じない→平然と無差別暴力を実行。
- 例:2019年の「川崎通り魔事件」の加害者は、周囲から「感情が乏しかった」と証言されている。
(3)うつ病と自暴自棄な暴力——「拡大自殺」のリスク
- 脳の変化:
- セロトニン不足→衝動性が増す。
- 危険な心理:
- 「自分が死ぬ前に社会に復讐したい」という歪んだ思考(例:2008年「秋葉原無差別殺傷事件」)。
3. 「生まれか育ちか?」——脳と環境の相互作用
「凶悪犯罪者は生まれつき脳が異常なのか?」という議論があるが、最新の研究では「遺伝的要因+環境的要因」の相互作用が重視されている。
(1)遺伝的リスク
- MAOA遺伝子(別名「戦士遺伝子」)の変異→攻撃性が高まる。
- ただし、この遺伝子だけでは犯罪者にならない(生育環境が重要)。
(2)環境的影響(虐待・孤立・貧困)
- 幼少期の虐待→扁桃体が過活動化し、攻撃性が増す。
- 社会的孤立→前頭前野の機能低下を招く(脳は使わないと退化する)。
▼ つまり、「もともと衝動性の高い脳」+「ストレス環境」が重なった時、無差別暴力のリスクが高まる。
4. 予防へのヒント——脳科学から見た対策
無差別暴力を減らすためには、「脳の健康」にも注目する必要がある。
(1)早期介入の重要性
- 児童期のトラウマケア(虐待防止・メンタルサポート)。
- 思春期の「非行」は脳の発達サインと捉え、適切な支援を。
(2)社会全体での脳ケア
- うつ病治療の充実(セロトニンを正常化)。
- 孤立防止(地域の見守り、相談窓口の拡充)。
(3)司法と医療の連携
- 犯罪者の「脳検査」を量刑判断に活用(海外では導入例あり)。
- 刑務所内での認知行動療法(前頭葉機能を改善)。
結論:「脳の異常」だけでは説明できないが、無視もできない
無差別事件の背景には、「社会の問題」「心の病」「脳の特性」の3つが複雑に絡み合っている。
- 脳の障害だけが原因ではない(大多数の患者は暴力を振るわない)。
- しかし、脳科学の知見は「再犯防止」や「早期発見」に役立つ。
今後は、「精神医学」「神経科学」「社会学」を統合したアプローチが、事件の予防に不可欠だ。
「凶行の背景に脳の異常はあるのか?」
→ 「ある場合もあるが、それは『免罪符』ではなく『対策のヒント』である」
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