目次
はじめに
私たちの脳は、思考・記憶・言語・感情などの高次脳機能を担っています。
図1の上段(健常)では、耳や目などの入力から、口や手などの出力へと情報が滑らかに流れます。
一方、図1の下段(高次脳機能障害)では、脳内ネットワークの一部が損傷し、情報の流れが途切れて出力が弱くなります(点線の領域)。

※私はウェルニッケ失語があり、耳からの理解(聴覚入力)が特に弱いです。目からの理解(視覚入力)や、話す・書くなどの出力も低下しています。
高次脳機能障害とは
高次脳機能障害は、脳卒中、外傷、低酸素、炎症性疾患などで特定の脳領域や回路が傷つくことで生じます。症状は記憶障害、注意障害、遂行機能障害、失語・失行・半側空間無視など多岐にわたります。従来の治療とリハビリで多くの改善は得られるものの、完全に元の機能へ戻すことは容易ではありません。
iPS細胞が変えるリハビリテーションの未来
図2は、損傷したネットワークに対してiPS細胞由来の神経細胞・グリア(緑の丸)を導入し、新生・再配線(緑の線)で回路を補うイメージを示しています。
リハビリで「使う回路」を鍛えつつ、iPS細胞で「足りない部品」を補うことで、相乗効果が期待されます。

iPS細胞とは(何が優れているのか)
- 自己由来:患者さん自身の皮膚や血液から作製でき、免疫拒絶のリスクを減らしやすい。
- 多能性:神経細胞やグリアなど多様な細胞に分化できる。
- 増殖能:研究室内で必要量まで安定して増やしやすい。
- 倫理面:胚を用いないため、倫理的課題を回避しやすい。
iPS細胞の可能性(想定される効果)
- 損傷部位の修復・補完:欠けた神経細胞・支持細胞を補い、途切れた回路をつなぎ直す可能性。
- リハビリ効果の底上げ:訓練で活性化した回路に新しい結合が取り込まれやすくなる可能性。
- 回復の加速:失われた機能の立ち上がりを早める可能性。
※いずれも可能性であり、効果の大きさや持続は今後の検証が必要です。
研究の現状と今後の課題
iPS細胞を用いた脳の再生医療は研究段階で、動物モデルなどで有望な結果が積み上がっています。将来の臨床応用に向けて、次の点が丁寧に検証されています。
- 安全性:腫瘍化リスク、異所性分化、異常配線の回避。
- 機能統合:新しい細胞が既存の回路に正しく組み込まれるか。
- 投与方法:移植部位・投与量・タイミング(リハビリとの組み合わせを含む)。
- 個別化:損傷部位(例:言語のウェルニッケ領域やブローカ領域など)に応じた最適プロトコル。
図の見方(キャプション)
- 図1:上段=健常。下段=高次脳機能障害。赤枠が「脳の状態」。点線は損傷により働きが低下した回路。入力(耳・目)→脳→出力(口・手)の流れが弱まる。
- 図2:緑の丸=iPS由来の新しい神経細胞・グリア。緑の線=新生・再配線。赤枠内で回路が補修され、入力から出力への伝達が補強されるイメージ。
おわりに
iPS細胞技術は、高次脳機能障害に対して**「失われた回路を補い、鍛えて伸ばす」**という新しい選択肢を開く可能性があります。科学の着実な前進と、リハビリとの賢い組み合わせが、より良い回復につながることが期待されます。
※本記事は現時点で公開されている一般的な研究知見を踏まえた概説です。実際の治療については、必ず主治医と相談し、最新の情報と適応・リスク評価に基づいて判断してください。
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