—失語症と電話コミュニケーションの現実と攻略法—
はじめに
私は失語症があり、メールやチャットなら内容を理解できますが、電話になると理解が一気に難しくなります。実はこれは私だけの問題ではありません。健常者でも「電話は苦手」という人は多く、特に要件が複雑・初対面・雑音がある場面では、誰でも理解度が落ちます。つまり電話は本質的に難しいメディアです。そのうえで、失語症があると難しさが増える——この二つを分けて考えると、対策が整理できます。
なぜ電話はそもそも難しいのか(誰にとっても共通の理由)
- 視覚手がかりがゼロ:口の動き、表情、身振り、資料などの“ヒント”が見えません。
- 音質の制約:高い音・低い音が欠けやすく、子音の区別(き/ぎ、し/ち など)が曖昧になります。
- 予測が立ちにくい:突然かかってきて、相手の目的も話速も不明。脳は“準備”ができません。
- ワーキングメモリの負荷:聞きながら覚え、すぐ返す——同時並行処理を強いられます。
この4点は、失語症がなくても理解度を下げます。だから「難しい」と感じるのは自然です。
失語症だと何がさらに難しくなるのか
- 音→意味の立ち上がりが遅い:耳から来た音を言葉として捉え、意味に結びつけるまでに時間がかかります。
- 音の似た語の混同:橋/箸、雨/飴、番号の聞き間違いなど。
- 数字・固有名詞に弱い:意味の手がかりが少ない情報は、とくに保持しづらい。
- 長い文・入れ子の文が崩れやすい:「AならBですが、Cの場合はD…」のような構造は負荷が大。
この特徴を踏まえ、**“見える化”と“分割”**で補うのが基本方針です。
3層で攻める:事前・最中・事後
1) 事前(準備)
- 用件テンプレを作る(予約・再配達・問い合わせ・病院など)。
- 電話メモシートを手元に置く:
- コピーする編集する
- 重要語・番号はあらかじめ紙に書いておく(候補日や会員番号など)。
2) 最中(プロトコル)
- 冒頭の一言:「すみません、ゆっくり短く区切ってお願いします。数字は一桁ずつで、最後に要点を言い直していただけると助かります。」
- キーワードだけメモしながら聞く(名詞と数字を優先)。
- リピートバック:「確認します。8月20日の10時、内科で予約、ですね。」
- 分からないときの固定フレーズ
- 「今の部分をもう一度ゆっくりお願いします。」
- 「数字は3、2、1のように一桁ずつお願いします。」
- 「最後にSMS/メールで要点を送ってください。」
- 時間稼ぎ:「少々お待ちください、今メモを確認します。」(沈黙を怖がらない)
3) 事後(確認)
- すぐに自分の言葉で要点をメモ。
- 可能ならSMS/メールで相互確認。将来の自分への保険になります。
場面別の“そのまま使える台本”
予約(病院)
「予約をお願いします。私は聞き取りが少し苦手です。ゆっくり短くお話しいただけますか。…希望は8月20日・10時です。空いている時間を一つずつ教えてください。—(提案を聞く)— では8月21日・11時でお願いします。最後に日時と診療科を言い直してください。できればSMSかメールで予約内容を送ってください。」
宅配の再配達
「再配達をお願いします。伝票番号は1234-5678-901。数字は一桁ずつ読み上げます。…配達希望はあす午前中です。最後に日付と時間帯を確認させてください。」
役所の問い合わせ
「制度の案内をお願いしたいです。私は電話での理解が少し難しいため、要点を三つ以内にまとめていただけますか。詳細はメールか書面でお願いします。」
家でできる練習(15分×2回/日)
- TWA(Text→Word→Auditory)法
- ①短い文を文字で読む→②同じ文を音声で聞く→③復唱→④文字を隠して聞き取り。
- 週ごとに語数・速さを上げ、**正答80%**を超えたら次へ。
- 数字・日付ドリル
- 3→5→7桁の数字、日時(8/21 10:30 など)を一回で復唱。聞き返しは「下二桁だけ」など部分的に。
- 台本ロールプレイ(家族・友人と)
- 予約/再配達/問い合わせの台本を読み→聞き→暗唱。
- 話者を替える(高い声・低い声・早い・遅い)。
- 最後は雑音を少し加える(実戦に近づける)。
- リズム・メロディ(MIT応用)
- 左手でタップしながら「8月20日の10時に予約」「伝票番号をもう一度」など5〜7語の生活文を、歌う→抑揚だけ→普通の順で練習。語の境界がクリアになります。
道具は味方にする(過度に頼りすぎない)
- 音声→文字化アプリ:スピーカーフォンと併用して必要箇所だけ確認(UDトーク、音声文字変換など)。
- ノイズキャンセリング/片耳イヤホン:もう片方の耳で自分の声と周囲をモニターし、メモを取りやすく。
- 録音は原則“事前に許可”:地域や相手の規定に注意。代わりに要点のSMSをお願いするのが安全です。
- 定型文をスマホに常備:ショートカットや定型メモで、お願い文・自分の連絡先を即提示。
家族・職場ができる配慮
- 要点を一度に1つ、固有名詞は綴りや数字を一桁ずつ。
- 電話ではなくメール・チャットに切り替える文化をつくる(合理的配慮)。
- どうしても電話が必要な業務は、台本・チェックリストを用意し、代読・代理架電を組み合わせる。
- 会話の最後は要点の言い直し(日時・場所・金額・担当者)。
失敗を“資産化”する
電話で詰まったら、落ち込む前に分析メモに変えます。
- どの種類の情報で止まったか(数字/固有名詞/早口/雑音)
- 何を言えたか(聞き返し/リピートバック)
- 次に入れる工夫(冒頭のお願いの強化/SMS依頼/語彙の準備)
1つずつ潰せば、**「昨日より1%うまくなる」**を実感できます。
よく使う“お願い文”ミニ集(コピペOK)
- 「聞き取りが苦手です。ゆっくり短く区切ってお願いします。」
- 「数字は一桁ずつお願いします。」
- 「最後に要点を言い直してください。」
- 「SMS/メールで要点を送っていただけますか。」
- 「今の部分は**○○という意味**ですか?」(意味確認)
- 「こちらで要点を復唱しますので、合っているか教えてください。」
小さな成功体験の積み重ね
電話は、見えない相手と、限られた音だけで理解し合う難しい方法です。苦手で当たり前。大事なのは、
- 準備をする(テンプレ・メモ)
- お願いをする(冒頭フレーズ)
- 確認する(リピートバックとSMS)
の三点を毎回、同じ手順で回すこと。これだけで理解度は確実に上がります。
最後に、私自身の目標は「理解50% → 70% → 85%」と段階目標を置くことでした。最初は家族との台本練習から、次に実際の予約電話、最後は相手が初対面でも通用する形へ。失敗も沢山ありましたが、テンプレと要点確認を徹底するだけで、思っていたよりずっと会話は進みます。
「電話は怖い」から「準備すれば何とかなる」へ。
今日の一本を、明日の自信につなげていきましょう。必要なら、あなたの生活に合わせた台本セットや電話メモシートも作ります。気軽に声をかけてください。
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